気がつくとオフィスの窓の外はすっかり夜の帳に包みこまれていた。ナナコは1時間ぶりに窓の外に目をやった。12月の澄んだ空気が、街明かりをキラキラ輝かせている。集中したおかげで残業はしなくてよさそうだ。それなのに、窓に映る自分の姿を見て、ナナコは小さなため息をつく。

早めに仕事を終わらせてもナナコには予定がなかった。正確に言うと、ナナコは今日から突然、予定がなくなっていた。ナナコは長年付き合っていた恋人、エイジに昨日別れを告げたばかりだった。彼女が別れた理由はエイジの浮気でも、価値観の違いでもなかった。エイジとは平穏な恋愛生活を送っていた。ケンカもないけど別れもない、それでいて結婚もない・・そんな完熟した恋を互いの納得のうえで終わらせたのだ。
エイジからいつ連絡が入ってもいいように「一応未定」にしていたアフター7が、今日から正真正銘の「未定時間」に変わってしまった。
「永遠に予定がない人なんていない。」
昔、失恋した友達に贈った励ましの言葉を、今度は自分自身のために言い聞かせていた。
ふとトイレに立つと、携帯電話がメールの着信を知らせていた。メール着信サインのカラフルキーイルミネーションのきらめきがエイジの心の鼓動のように思えた。一瞬見ることをためらったが、絶対にそんなはずはない。彼からのメールであるはずがない。彼はああ見えても毅然とした男だ。
着信を見てほっと胸をなでおろす。メールは男友達のタクミからだった。
「今日あたり軽くどう〜?仕事早く終わりそうだったらメシでも行かない?」
人と人との関係には、タイミングというものがあって、いつもいい歯車で回って行ける人と、肝心なところでまったく噛み合わなくなってしまう人がいる。だとしたら、タクミとの関係は常に前者で、心地よい音楽をともに奏でるように調和された関係だ。ナナコとタクミの過去にはいっさい恋沙汰はない。ニアミスすら皆無だ。あくまで大学のサークルの頃からの、何でも話せる男友達。互いの歴代の恋人の顔と名前とプロフィールと出会った場所を全部言い当てられる―そんな間柄だ。
「もう仕事は終わったよ。聞いてほしいことがあるんだ…」
ナナコはすらすらとメールを打つと自分の席へ急ぎ、コートとバッグをつかんで、足早にエレベーターへ向かった。
止まっていた時間が動き出した。街に出て喧噪に飲み込まれると、人の群れに身をゆだねる安心感に包まれる。強いビル風にひるんだが、そのまま有楽町駅を目指して足早に歩き続けた。

駅の近くのイタリアンバーに着くと、ちょうど開店して間もないころだった。
窓際の外が見える席に着く。ガラスの大きな窓から外の気温がひんやりと伝わってくる。ナナコは白ワインと前菜の盛り合せを注文した。
ふと、外を見ると、大きな青い光を放つクリスマスツリーが目に留まる。
「そっか、もうすぐクリスマスね・・一番独り身がさびしいこの季節に、私は別れてしまったのね。」
あらためてナナコは別れを噛みしめる。
何度、入口のドアが開いただろうか。
「久しぶり!」
声がする方に顔を向ける。
「本当に久しぶりね」
ほっとして笑いが込み上げてきた。私は一人じゃないし、永遠に予定がないわけでもない。クリスマスに恋人がいなくても、気持ちを温めあう男友達もいる。
「で、話したいことって何?」
「それが、昨日彼と別れちゃったの。」
タクミは一瞬驚いた表情をしたが、すぐに笑顔になった。
「今日はとことん飲もうか!」
恋の相談は女友達より、男友達に話したほうが前向きになれるような気がして、ナナコは失恋のときは決まってタクミに相談していた。それにタクミの笑顔には人を元気にさせる力があった。
「また明日から頑張ろうかな」
「俺も頑張ろうかな」
「頑張るって仕事?」
「それもそうだけど…、実は俺いま気になる人がいるんだ」
思いもかけない言葉を聞いて、ナナコは素直に驚いた。
「好きな人って、誰?どんな人?年下?」
ナナコは質問を連射し、いたずらっぽい笑みでタクミをのぞきこむ。
「一か月前に友達の紹介で知り合った人なんだ。久しぶりにいいなって思う子を見つけた。」
「まだ、告白もしていないんだけど、結婚するならああいうタイプかな。どうやったらうまくいくかな?」
この恋が成就してタクミが本当に結婚してしまうのを想像して、自分のことのようにドキドキしてしまう。兄が結婚するときもそうだった。どんなお嫁さんが来るんだろうって勝手にドキドキしてしまった。店内の音が、急に大きく聞こえる。
「タクミなら絶対大丈夫。私が保証する。ちょうどもうすぐクリスマスだし、明日でも電話で告白したほうがいいよ!」
あんなこと言っちゃったけど、本当に無責任じゃなかったかしら?
帰りの銀座線は、いつも通り混んでいた。中刷りの女性誌の恋愛特集広告をじっと見つめながら、ナナコは少し後悔していた。大事な友達にちゃんとアドバイスできたのだろうか? タクミには彼女とうまくいって欲しい。彼が久しぶりに好きになった人だもの。
デキル女のオフィスコーディネート、あなたならどちらを選ぶ?


・・・第2話へつづく
次回予告 12/5 更新!
タクミの事が少しずつ気になりだすナナコ。
ある日、友人のマリから、恋が叶うツリー -kirameku★Tree-の話を聞く。
次回「恋が叶うツリー篇」は12月5日に更新予定です。

潮凪 洋介 プロフィール
「男が大切にしたいと思う女性50のルール(三笠書房)」、「恋愛デトックス(宙出版)」など著書多数。10代からのリアルな体験をもとに、ノンフィックション系恋愛エッセイの執筆を手がける。
また「anan」などの女性誌から「恋する男コゴロの本音」について女性読者に向けて発信。
Love Culture Movementを目指す。大人の週末DJ LOUNGE“Love Groove”などのイベントもプロデュース。
BLOG http://www.shionagi.com/
